
















































この展覧会は言葉や文字をテーマにしている。世界には無数の言語が存在する。英語の「A to Z」は、「全て」あるいは「初めから終わりまで」を意味する。日本語の文字は、アルファベットに対応させられるが、同一ではない。言語は、私たちの生活に浸透している。キーボードやコードから歴史や経典に至るまで、誰が書き、誰が創ったか―つまり使用された言語体系―は対象そのものの構造に大きく影響する。日本語の名前は、AからZまでの26文字全てを使用しない。さらにイニシャルのアクセサリーなどは、需要の高い文字のみが用いられるのが一般的である。それでも、AからZまでのイニシャルを持つ人々が日本に確かに存在する。悪意なくとも、大きなシステムや枠組みの隙間からこぼれ落ちるアイデンティティは、個人にとってかけがえのない概念である。現代では、スマートフォンであらゆる言語を翻訳できる。単純な翻訳は可能だが、原文はその土地の文化・価値観・歴史を含んでいる。さらに言葉は、個人の経験・背景・人間性を強く反映する。言語には、致命的な欠陥があることを忘れてはならない。それは、理解する者が必要だということだ。そして、言語は個人の私有物ではない。 ”誰かの”言語を使用するにあたって、差別的な背景をもつ言葉に無責任にはなれない。「自分がひどい目に遭ったから、他人を傷つけても構わない」などという、絶望的なロジックを罷り通らせてはならない。言葉は受け取る側にもまた責任があるからだ。言語は、世界を記述し得ない。この世界は、合理的であるとは限らない。異なる言語間に対応する概念が、必ずしも存在するわけではない。しかし想像力豊かな私たちは、今ここになく、経験したことのないものでさえ、その隙間を埋められるはずだ
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わかりにくかったかなとおもって展示会場に文章を追加したのですがそれがこれです↓
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◯言葉が世界を区別する🎂
蝶はきれいでかわいく、蛾は怖かったり気持ち悪いイメージがあるかもしれません。
しかし本当は、蝶と蛾に明確な区別はありません。
日本語では、蝶と蛾という区別がありますが
フランス語で蝶と蛾はどちらも「パピヨン」で、
同じようなものだと捉えています。
私たちは世界を言葉で捉えていると思いがちですが、
本当は言葉が世界を区別しているのです。
◯ケーキを五等分🍰
ホールケーキを5人で食べるとします。
ケーキを正確に五等分してくださいと言われると、
むずかしそうだと思うかもしれません。
角度を計算をしてみるという人や、
五等分するうらわざを知っているという人もいるかもしれません。
なんとなくでいいのではないか?そんなに大事なことか?と気にしない人もいるかも知れません。
そもそもケーキが嫌いな人もいるかも知れません。
問題に疑問を持つ人もいるかもしれません。
「正確に」とはどのくらい?みんなが平等だと感じればいいのか?角度も合っていなければならないのか?
けれど上に乗っている苺やチョコレートに偏りがあるかもしれないし、ケーキの中の味が場所によって違うかもしれません。
ケーキを五等分した正確な角度が計算で出せても、実際のケーキは包丁で上手に切れるとは限りません。
ケーキを五等分できたと決めるのはあなた自身なのです。
◯バケットリスト🪣
Bucket List(バケットリスト)とは、死ぬまでにやりたいことリストのことです。
それはいい人生を送るための一つのアイデアです。
死ぬまでにやりたいことを100個なんて、
わたしはまだ思いつかないし、決めきれないと思いました。
リストに書くには、まずこの世界に何があるのかすべてと、その名前を知らねばなりません。
とても嬉しいときに、もう死んでもいい!という表現があります。
死ぬまでにというのは実感がないけれど、これをやったら死んでもいいということをあげていけば、ベストなリストが作れると思いました。
まだひとつも書いていませんが完成したら、それが私というものは何かを表しうるような気がします。
空のリストを置いているので、よろしければ持って帰って、みなさんも書いてみてください!
◯翻訳🌱
この展示の絵のタイトルは、回文や繰り返しの音がある言葉にしています。
これを英語に翻訳しようとすると、意味を直訳しても、
日本語の音遊びの部分は抜け落ちてしまいます。
なので英語のタイトルは、英語のことわざで、
同じアルファベットが繰り返し登場するものを使用しています。
両者は言葉の意味も発音もまったく違いますが、
わたしが一番大切にした音遊びの部分が再現されています。
この展示のタイトルは無理やり日本語にすると、
「誰かのスペル」や、「魔法にかけられた誰か」などと訳せます。
翻訳はある言語とある言語がぴったりと対応するものではありません。
正解はひとつでありません。
どのタイトルだと気にいるのか、納得するのかなど、それは
あなたが感じたことがいちばん大切なのです。
◯さいごに🌸
自分の心は自分で伝えなければなりません。
あなたの心を伝えられるのはあなただけだからです。
それは日本語でも英語でも文字でも歌でも手話でもいいのです。
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感想
なんか言葉にできるできない翻訳できるできない論と見間違われるのは個人的にはあんまり伝えられなかったかなと反省しています。
いろいろ言葉に派生したエッセンスは盛り込んでいますが、展示のテーマ的なのを一言でいうと、言語は現実の記号だが、現実は分割できない。また言語はある程度合理的なことしか記述できない、(文法は一方向だから)みたいな、、
うーんもういっぽふみこんで、たとえばわたしたちが合理的な根拠とみなす科学は地球から離れるほど数学になっていくような、、🌏
あるとないが同時に存在するあるいは時間が同時に進んだり遅れたりする、そういったことが起こらないのは人間が3次元(4次元時空)の世界に生きていて、言葉が2次元だからだと思うのですが、、、その先があるとわくわくしませんか、4次元5次元とか…そもそも人間が感知できない先が言葉の果て、なのでないけれどそれは確かに存在するともいえます。